コロンビア大学の野性の種子は、20世紀を一変させてしまうのです。現在、「カウンター・カルチャー」と呼ばれるもののルーツを探ると、だいたいビートに辿りつきます。彼らは当時1950年代のアメリカ社会で権威とよばれる人や、物事に「NO!」を突きつけた人たちだったからです。
決してアカデミックな世界からの上から目線ではなく。
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2011年3月5日土曜日
2011年2月16日水曜日
1940年代。 ここに野性の種子が蒔かれた
コロンビア大学。ビート・ジェネレーションがこの世界に初めて姿を表した場所。
彼らはきれいに整備された庭園に、突如舞い降りた野性の種子のようだった。
『ビート・ジェネレーション/ジャック・ケルアックと旅するニューヨーク』
(ビル・モーガン著、今井栄一訳 ブルース・インターアクションズ刊)には、そう書かれています。
ではビート・ジェネレーションとは、どんな人たちだったのでしょうか?
ロウ・ライブラリー。若きビートの面々は、正面の噴水広場や
石畳の辺りで写真を撮っています。
『ジャック・ケルアックと過ごした日々』のカバーフォトの
ケルアックの写真も噴水辺りで撮られたものの一部を使用。
本来は向かって右に、イーディではなくルシアン・カーが!
カバー写真に関してのエピソードは後日書きますね。
彼らはきれいに整備された庭園に、突如舞い降りた野性の種子のようだった。
『ビート・ジェネレーション/ジャック・ケルアックと旅するニューヨーク』
(ビル・モーガン著、今井栄一訳 ブルース・インターアクションズ刊)には、そう書かれています。
ではビート・ジェネレーションとは、どんな人たちだったのでしょうか?
ロウ・ライブラリー。若きビートの面々は、正面の噴水広場や
石畳の辺りで写真を撮っています。
『ジャック・ケルアックと過ごした日々』のカバーフォトの
ケルアックの写真も噴水辺りで撮られたものの一部を使用。
本来は向かって右に、イーディではなくルシアン・カーが!
カバー写真に関してのエピソードは後日書きますね。
2011年2月12日土曜日
思いのプロムナード
正門をくぐって、100メートル弱、こんな感じの小粋な道が続きます。
イーディとケルアックも、ニューヨークでこれから展開する自分の将来に向けて
胸をときめかして歩いていたのだろうなと、過去の二人の思いが伝播してきます。
そんなとき、「人は死んでも、その思いというのは永遠に生き続ける」ことを
実感します。イーディの本を読んでくれた読者の方々の心には、きっと二人の
スピリッツが静かに燃え続けているのではないでしょうか。
永遠に考え続けている人は、コロンビアのキャンパスにも。
トランジスターが一番心に残った風景だそうです。
今更言うまでもなく、ロダンの作品は不滅ですね。
イーディとケルアックも、ニューヨークでこれから展開する自分の将来に向けて
胸をときめかして歩いていたのだろうなと、過去の二人の思いが伝播してきます。
そんなとき、「人は死んでも、その思いというのは永遠に生き続ける」ことを
実感します。イーディの本を読んでくれた読者の方々の心には、きっと二人の
スピリッツが静かに燃え続けているのではないでしょうか。
永遠に考え続けている人は、コロンビアのキャンパスにも。
トランジスターが一番心に残った風景だそうです。
今更言うまでもなく、ロダンの作品は不滅ですね。
2011年2月5日土曜日
筋肉バカって!
『ビートニク』というドキュメンタリー映画の冒頭で、コロンビア大学のビートツアーの様子が出て来ます。ガイドが「ジャック・ケルアックはフットボールの奨学金で入学した筋肉バカだった」みたいなことを言っていて、こんな風に言われちゃうんだなあ、乱暴な言い方だなあと、苦笑してしまいました。(この映画で、ジョニー・ディップがケルアックになりきった感じで作品を朗読している様子が挿入されていました)
確かにケルアックには、俗に言う筋肉バカ的な一面もあるのかもしれません。
イーディがケルアックの故郷、ローウェルに遊びに行ったとき、ケルアックには体育会系の友人と文化系の友人の2種類がいることを知るのです。
また、体育会系と文化系の友人が、ケルアック抜きで交流することはなく、どちらかというとお互いに牽制しあっていたことも・・・。
ケルアックはそのどちらのグループからもアイドル的存在で、肉体派のインテリとでもいうのでしょうか!
『ジャック・ケルアックと過ごした日々』の10~11章に、その辺りの事情が詳しく描かれています。
また若きケルアックは、自分を取り巻くこの2つのタイプの友人たちの状況をモデルにした短編を手がけました。
確かにケルアックには、俗に言う筋肉バカ的な一面もあるのかもしれません。
イーディがケルアックの故郷、ローウェルに遊びに行ったとき、ケルアックには体育会系の友人と文化系の友人の2種類がいることを知るのです。
また、体育会系と文化系の友人が、ケルアック抜きで交流することはなく、どちらかというとお互いに牽制しあっていたことも・・・。
ケルアックはそのどちらのグループからもアイドル的存在で、肉体派のインテリとでもいうのでしょうか!
『ジャック・ケルアックと過ごした日々』の10~11章に、その辺りの事情が詳しく描かれています。
また若きケルアックは、自分を取り巻くこの2つのタイプの友人たちの状況をモデルにした短編を手がけました。
正門をくぐると、すぐの左側に、コロンピア大学のキャンパスマップが。
コロンビア大学のキャンパスには、このようなマップが所々に配置されているようです。
由緒ありそうな建物が一杯! もちろんケルアックが通っていた時代には無かった建物
もありそうですが。
もありそうですが。
2011年1月31日月曜日
女神がささやく最初の1ページは?
トランジスターが初めてコロンビア大学の正門に着いたとき、向かって右側にあった胸に抱いた本のページを開いている女神像に心を奪われたそうです。
イーディ、そしてジャックがこの女神を初めて見た時、何か感じるものがあったのでしょうか? フットボールの奨学金でコロンビア大学に入学したジャックは、自分が世界的に著名な作家として後世に名を残すことになるとは思ってもみなかったかもしれませんが、この像は、ジャックの作家としての最初の1ページが開いたということの暗示・・・ということにしておきましょう。
二人にまつわるニューヨークの旅は、この正門を抜けてコロンビア大学のキャンパスの中に、ゆっくり入って行きましょう。
トランジスターは女神像だと思ったようですが、男性かもしれませんね。
イーディ、そしてジャックがこの女神を初めて見た時、何か感じるものがあったのでしょうか? フットボールの奨学金でコロンビア大学に入学したジャックは、自分が世界的に著名な作家として後世に名を残すことになるとは思ってもみなかったかもしれませんが、この像は、ジャックの作家としての最初の1ページが開いたということの暗示・・・ということにしておきましょう。
二人にまつわるニューヨークの旅は、この正門を抜けてコロンビア大学のキャンパスの中に、ゆっくり入って行きましょう。
トランジスターは女神像だと思ったようですが、男性かもしれませんね。
この像に関する情報は、今の所、見当たりません。あまり注目されていないみたいです。
2011年1月27日木曜日
トランジスターの本が買える場所
このブログを読んでいただいた方が、『ジャック・ケルアックと過ごした日々』のページを開いてみたいと思ったときに、どこで買えるのかが、わからなかったら困りますよね。特に、超弱小出版社の本なのですから、出会える場所が限られてしまいます。
でも大丈夫、トランジスターの本は、全国どこの書店でも注文が可能ですし、ISBNナンバー(978-4-902951-03-5 )でネット検索していただくと、ウエブ書店のページに行く事ができます。
お近くの書店で直接ご注文いただく場合には、以下の情報を書店の方にお知らせいただけたら、注文がスムーズになります。
1. 地方小出版流通センター扱いの本
2. ISBNナンバー 978-4-902951-03-5
新宿2丁目のカフェ・ラバンデリアは、トランジスター・プレスの活動拠点です。
http://cafelavanderia.blogspot.com/
ここでの直接購入も可能です。
また新宿近辺にいらした方は、
インフォショップ、イレギュラー・リズム・アサイラム
http://irregular.sanpal.co.jp/
http://www.mosakusha.com/voice_of_the_staff/の棚には、確実に並んでいます。
![]() |
『ジャック・ケルアックと過ごした日々/そのままでいいよ。。』
イーディ・ケルアック=パーカー著
ティモシー・モラン/ビル・モーガン編
前田美紀/ヤリタミサコ訳
400ページ
定価(本体2400円+税)
Printed in Japanトランジスター・プレスの本に関するお問い合わせは
transistorpress@gmail.comまで宜しくお願い致します。
職探しの場所
ニューヨークで芸術の道に進むという夢を実現させたイーディ。ニューヨークで暮らし、その夢を持続させるためにまずはお金を得なくてはなりませんよね。そこで働き場所を探す事にしました。求人広告が出ている『ニューヨークヘラルド』、『ニューヨークタイムズ』、『ニューヨークジャーナル』などの新聞を買うために116丁目とブロードウェイの角にあるドラッグストアに入りました。イーディの職探しはこのドラッグストアから始まったのです。
もしもイーディが自分の夢を実現させなかったら、ジャックと出会うこともなかったのですよね。最初に夢があってのビートでした。
イーディの職探しは、『ジャック・ケルアックと過ごした日々』第3章をご参照下さい。
もしもイーディが自分の夢を実現させなかったら、ジャックと出会うこともなかったのですよね。最初に夢があってのビートでした。
イーディの職探しは、『ジャック・ケルアックと過ごした日々』第3章をご参照下さい。
116丁目とブロードウェイの交差点には、地下鉄ライン1の116 Street/ Columbia University Station駅があります。そうなんですよ! この場所には、コロンビア大学の正門もあるのです。当時ジャックはコロンビア大学の学生だったので、もうすでに接近遭遇。もしかしたら、そのときデリに煙草を買いに立ち寄った彼がいたかもしれませんね 。
トランジスターがこの交差点に行ったときには、デリの姿は見えなかったようですが、工事中のビルがあったので、もしかしたらそのビルの一階にデリがあったのかもしれません。
ここには、通常の郵便ポストがありました。ニューヨークのポストはブルー、確かパリは黄色だったけど、今は違う色になったようなことを聞いたような?
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