This is radio transistor2

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2011年4月6日水曜日





              リバーサイド・パークの入り口近くのベンチ
              二人のアパートからは、目と鼻の先。

二人の会話は、私たちがもっと若かった頃のこと-ジャックがなりたかったもの(作家)、私がしたかったこと(彼と一緒にいること)-や、二人の友達、彼らの恋愛模様、そして私たちの夢へと移っていった。私たちには話すことがたくさんあった。私が心理学の講義を取っていたことから、ある点で、私たちは互いを分析し始めたりした。
(『ジャック・ケルアックと過ごした日々』 より抜粋)

2011年4月3日日曜日

どんな素敵な朝ご飯だったのでしょうか?

ワイルドなヒスパニック系エリアのすぐ隣
アイリッシュたちの集合住宅からも近い
アムステルダム・アベニューの遊び場からもそう遠くなく
ホテルや映画館が並ぶユダヤ系のアッパーブロードウェイもすぐそこ
オシャレなセントラルパーク・ウエストのマンション群も目と鼻の先
(ジャック・ケルアック、『The Town and  The City』)

後にケルアックは、このアパートでの日々が最も幸せだった時だと語っています。
彼の隣にいたのは、もちろんイーディです。
さて、どんな素敵な朝ご飯だったのでしょう。
『ジャック・ケルアックと過ごした日々』 第8章で体感してみて下さい。








二人のアパートの外観写真と、入り口辺りのかわいいお花。
二人が住んでいた1940年代の風情とは大分違うと思いますが。

2011年4月2日土曜日

二人のアパート


 ジャックとイーディが二人で一緒に暮らした最初の夜は、1942年の大晦日。
二人は新しいアパートで友人たちに新年の朝食をごちそうしたくて、近所のデリで食料を買い込みました。
ベーコン、玉子、バター、ミルク、コーヒーetc. etc.

2011年3月5日土曜日

野性の種の芽生え

コロンビア大学の野性の種子は、20世紀を一変させてしまうのです。現在、「カウンター・カルチャー」と呼ばれるもののルーツを探ると、だいたいビートに辿りつきます。彼らは当時1950年代のアメリカ社会で権威とよばれる人や、物事に「NO!」を突きつけた人たちだったからです。
決してアカデミックな世界からの上から目線ではなく。

2011年2月16日水曜日

1940年代。 ここに野性の種子が蒔かれた

コロンビア大学。ビート・ジェネレーションがこの世界に初めて姿を表した場所。
彼らはきれいに整備された庭園に、突如舞い降りた野性の種子のようだった。
『ビート・ジェネレーション/ジャック・ケルアックと旅するニューヨーク』 
(ビル・モーガン著、今井栄一訳 ブルース・インターアクションズ刊)には、そう書かれています。
ではビート・ジェネレーションとは、どんな人たちだったのでしょうか? 

         ロウ・ライブラリー。若きビートの面々は、正面の噴水広場や
          石畳の辺りで写真を撮っています。
          『ジャック・ケルアックと過ごした日々』のカバーフォトの
          ケルアックの写真も噴水辺りで撮られたものの一部を使用。
          本来は向かって右に、イーディではなくルシアン・カーが!
          カバー写真に関してのエピソードは後日書きますね。

2011年2月12日土曜日

思いのプロムナード

正門をくぐって、100メートル弱、こんな感じの小粋な道が続きます。
イーディとケルアックも、ニューヨークでこれから展開する自分の将来に向けて
胸をときめかして歩いていたのだろうなと、過去の二人の思いが伝播してきます。
そんなとき、「人は死んでも、その思いというのは永遠に生き続ける」ことを
実感します。イーディの本を読んでくれた読者の方々の心には、きっと二人の
スピリッツが静かに燃え続けているのではないでしょうか。


             永遠に考え続けている人は、コロンビアのキャンパスにも。
             トランジスターが一番心に残った風景だそうです。
             今更言うまでもなく、ロダンの作品は不滅ですね。

2011年2月5日土曜日

筋肉バカって!

『ビートニク』というドキュメンタリー映画の冒頭で、コロンビア大学のビートツアーの様子が出て来ます。ガイドが「ジャック・ケルアックはフットボールの奨学金で入学した筋肉バカだった」みたいなことを言っていて、こんな風に言われちゃうんだなあ、乱暴な言い方だなあと、苦笑してしまいました。(この映画で、ジョニー・ディップがケルアックになりきった感じで作品を朗読している様子が挿入されていました)
確かにケルアックには、俗に言う筋肉バカ的な一面もあるのかもしれません。
イーディがケルアックの故郷、ローウェルに遊びに行ったとき、ケルアックには体育会系の友人と文化系の友人の2種類がいることを知るのです。
また、体育会系と文化系の友人が、ケルアック抜きで交流することはなく、どちらかというとお互いに牽制しあっていたことも・・・。
ケルアックはそのどちらのグループからもアイドル的存在で、肉体派のインテリとでもいうのでしょうか!
『ジャック・ケルアックと過ごした日々』の10~11章に、その辺りの事情が詳しく描かれています。
また若きケルアックは、自分を取り巻くこの2つのタイプの友人たちの状況をモデルにした短編を手がけました。



        正門をくぐると、すぐの左側に、コロンピア大学のキャンパスマップが。
        コロンビア大学のキャンパスには、このようなマップが所々に配置されているようです。 
         由緒ありそうな建物が一杯! もちろんケルアックが通っていた時代には無かった建物
        もありそうですが。